借りを返す

テレビのオリンピック中継を見ていたら、ある選手が「前回のオリンピックの借りを返したいと思います!」という男気溢るるコメントしていた。
私は、となりで薄ら笑いを浮かべながらマンガを読んでいるこひくんに
「きみはこれまで生きてきた中で借りを返した経験があるのか。」
と聞いてみた。
こひくんは
「えー?借りぃ?ちょっと待って待って。えー…借りねぇ…」
とマンガを置いて考え込み始めた。
そしてひとしきり考えてこう言った。
「ごめん。俺、人生で借りを返したことなんてないや。嫌なこととか悔しいこととかあってもそのうち忘れちゃうし、親切にされてもお返ししなきゃなーって思ってるうちにタイミング逃しちゃうっていうか。」
「じゃあなにか、きみは仕返しもお返しもしたことがないのか。」
「うーん。そうだね、そうなるね。だって俺、いいことも悪いことも『返そう』って思うだけで終わっちゃうもん。すぐ忘れちゃうもん。」


人間の心だけでなく記憶まで死んでいる男。